密教系の仏像には、エキセントリックな姿をしたものが多いようです。
かの弘法大師が、東国を巡暦した際に建立した、青蓮寺は、自転車で行けるほどのところにあって、「鎖大師」とも呼ばれています。 弘法大師をかたどった像の関節が、鎖でもって屈曲する、この寺の御本尊は、ある意味、関節人形の元祖かもしれません。 いまでは、ご尊顔を拝することのできない、「鎖大師」のコロタイプを、古い冊子のなかに眺めながら、贔屓の古書肆のご主人と仏像談義。 ふと、その折に見た、「鎖大師」の姿が、帰りのバスで乗合になった、少年の屈曲した手足から思い出されました。 隣に座っている少年のすんなりとした長い手足が、山道を行くバスのカーブに、触れたり離れたり。 眠っている少年は、さながら、関節人形のように、手足を自由にしています。 ふと見た少年のてのひらには、法輪が描かれていました。 いな、よくよくみれば、お母さんから言付かったのでしょう、買い物のメモが記されていたのを、法輪と勘違いしただけのことでした。 #
by viola-mania
| 2006-10-01 02:58
| 少年
三つ鱗(うろこ)。
記憶の片鱗でしかなかった、その図象を眼の当たりにした刹那、ふと、これまで背負っていた苦役を、かのものへ転嫁ならしめることを赦されたような気がした。 下賤が背負ったその石には、我らが一族の紋である、三つの鱗が刻まれている。 この館の主(あるじ)、能員(よしかず)は、母、若狭局の実父にあたる。 その祖父を、母の御胸に抱(いだ)かれながら、見送ったのは、かれこれ七百年以上も昔のことである。 青い天蓋は、いよいよ澄み渡り、空華(くうげ)ならぬ、銀杏葉(いちょうば)を降らせていた。 ふと、視界が黄色く閉ざされた。 母は、はらりと顔を蔽(おお)った、その銀杏葉をいま一度、空(くう)に散らすと、いつまでも、祖父の背中を見送っていた。 そして、一切の記憶は、この昏(くら)い背中へと収斂してゆくのだった。 三方を山に囲まれたこの土地は、敵陣からの奇襲を禦(ふせ)ぐのに適した地所であり、また、要塞でもあった。 そして、この辺りの山から産出される石は、この土地の名を冠していながらも、しかし、堅固な印象を持つ地所から、切り出されたものとは思えないほど、脆く歪んでいた。 下賤が背負ったその石を、ぼんやりと眺めながら、謀殺された祖父の無念を思い、父や母の悲しみを思った。 しかし、三つの鱗が刻まれたその石は、強健な肉体に比した、優美な面(おもて)を持つ壮年の背(せな)に、弄(あそ)ばれているかのごとく、やすやすと背負われていたのである。 業火に包まれた、祖父の館。 非道な謀計。 そして、焼跡には、この手のひらに握った小袖だけが残された。 木漏れ日の注ぐ、糸杉の樹間を、何の憂慮もなく歩む、その明るい肉体が恨めしいのだ。 畢 #
by viola-mania
| 2006-07-30 09:44
地球の軌道は、他のすべての遊星軌道の基準となる。
ヨハネス・ケプラー『宇宙の神秘』 星宿図のなかに描かれた、赤道円と黄道円の二つの交点は、この地上において、それぞれ春と秋とが分かたれる日が起点となっていて、そのうち、月の通り道である白道に沿って選ばれた二十八宿のうち、畢宿と昂宿のあいだを通っているのが、黄道であったということを、印画のような膚(はだ)に浮かんだ、二つの痣(ほくろ)が想起させた。 畢宿と昂宿の二つの痣(ほくろ)は、黒い双丘のそれぞれ頂き近くに配されていて、それは、その円やかな臀部の谷間を、黄道と見立てることによって生まれるアレゴリーでもあった。 エアコンによって冷やされたソファに座り、一生、或いは、一瞬のように感じられる時間を、闇のなかで、ただ、眼を凝らすことだけに費やしていると、卑小なものでさえ、尊大に見えてくる。 つまり、それが寓意(アレゴリー)というものだろう。 抱擁する二青年を前に、地球と太陽の通り道について考えているおのれも、ずいぶんと焼きが廻ったものである。 ボロボロのジーンズをはいた青年の大腿に、いまひとりの青年の手が伸び、大きくあいた穴から、両手を差しいれられ、股間を弄ばれる青年の吐息が、間近に聴こえる。 その吐息と体液によって奏でられる不協和音は、しかし、エアコンの駆動音にかき消され、そこから送り込まれる冷気によって、この場所は、霊安室のような清浄さに満たされていた。 青年は、いまひとりの青年のものであって、おのれのものでないということは、わかっている。 しかし、二青年は、そのことを知悉しているらしく、抱擁を見せつける。 そのうち、青年の臀部が、そこに配された星宿を認められるほど近くに迫り、青年のジーンズの脚が触れると、青年の掌(てのひら)が、おのれの陽画のような手を掴む。 そして、三つの軌道の上を、星が淫らに廻り始めた。 畢 #
by viola-mania
| 2006-07-30 09:39
わたしは、御霊(みたま)が鳩のように天から下って彼の上にとどまるの を見た
ヨハネ伝1−32 墨流しの空を劃(わか)つ水浅葱(みずあさぎ)。 長雨(ながさめ)に昏(くら)く湿った土に、スコップを差し込むと、土は寝巻きの袖から覗く、僕の細い腕を嘲笑うかのように、しかし、その頑(かたくな)な地面は面白いくらいに綻び、やがて、僕は、寄宿舎(ギムナジウム)の裏手に広がる雑木林のその場所に、僕ひとりが容易(たやす)くはいれるくらいの墓窖(ぼこう)を掘り終えた。 空の水浅葱を透かして、揺らめく太陽が、僕の眸(ひとみ)を優しく射(い)った。 その刹那、僕の水晶体に一羽の黒い鳥が、否、白い鳥がはいり込んだ。 僕は、静かに瞼を閉じた。 そして、僕は、その薄闇に満たされた檻(おり)のなかに、白い鳥を閉じ込めると、抜け殻となった彼の屍(しかばね)を、足許の深淵に蹴落とした。 彼の瀕死の声が、土の滑る音に鈍く紛れた。 僕の白いスニーカーは、やがて、地面と同じ色に染まっていた。 鳥小屋に飼われた、印度孔雀が、長鳴き鳥のように常世の夜明けを告げていた。 あと、一時間もすれば、この雑木林を抜けて、通って来る生徒もあるだろう。 僕は、土に汚れていくぶん重くなったスコップとスニーカーを引き摺りながら、まだ、目醒め得ぬ、寄宿舎(ギムナジウム)の自室へ戻った。 僕は、机上に空しく置かれた花瓶を見詰めると、その傍らのベッドで、安らかな寝息を立てている彼の、健やかな横顔を見守った。 花瓶には、彼が、きのう花壇から剪(き)ってきたヨハネ草が、溢れんばかりに生けられているはずたった。 その黄色い、太陽そのもののような花を抱えて、僕は、星のない暗い雑木林の地中に、聖人ヨハネの名を冠した、その花を埋(うず)めた。 僕は、聖書をひらくと、ヨハネ伝一章三十二節にある、福音を唱え、静かに瞼を閉じた。 そして、薄闇に満たされた檻のなかに、白い鳥の姿があるのを認めて安堵するのだった。 眠りいる彼に、目醒める気配はない。 畢 #
by viola-mania
| 2006-06-16 17:52
私の悩みとさすらいの思い出は、苦艾(にがよもぎ)と苦味だけ
哀歌3−19 拝復 あのひとの死を知ったのは、貴女から、文(ふみ)が届いた前日の晩のことでした。 貴女もご存知の、あの顔中、髭だらけの熊のような男、作男であることを理由に、ろくに湯も使ったことのない、獣じみた彼奴。 その晩は、作男にあるまじき、たいそう酒を呑んでいて、死んだあのひとへの恋情を酔いに任せて、主人であるわたしに、縷々語っていました。 わたしの気持ちなど、まったく意に解そうともせずに。…… ところで、貴女の計略にのって、捨小舟とともに、桜のふしどに沈んだあのひとの最期たるや、絵巻物を観るように、さぞや美しかったものと察します。 いえ、誤解なきよう申し上げておきますならば、確かにあのひとが美しいことは、わたしも、そして、貴女も認めていることゆえ、異論はございません。 しかし、そのこととは別に、あのひととの婚姻は、家同士のそれにほかならず、わたしの意志のはいり込む隙など、毛筋ほどもなかったのです。 たとえあのひとが、男性を怖れていようとも、わたしとあのひとの婚姻は、成立していたことでしょう。 貴女が手を下さない限りにおいては、…… ところで、貴女からの朗報を届けてくれたかの作男は、死にました。 自らがつくった酒による中毒で、川へ落ち、翌朝、斃(たお)れていたところを発見されました。 苦艾(アブサン)に含まれる有毒成分によって、中枢神経を犯されてしまったのでしょう、わたしは、作男が、その酒を常用していたことも知っていましたし、その酒に、阿片のような幻覚作用があることも知っていて、或いは、わたし自身が、つかの間の享楽に酔いたいがために、作男にそれを赦していたのかも知れません。 その苦い味を愉しむために。 畢 #
by viola-mania
| 2006-06-16 17:39
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いい匂いのするペエジ
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