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地底。

ヘンリー・レビンの『地底探検』のDVDを観ました。
ジュール・ヴェルヌの原作になる『地底旅行』を、窪田般彌訳で読みたいと、創元文庫のそれを買ったはいいけれど、結局、この昭和34年につくられた冒険映画のほうが先になってしまいました。
そんなわけで、クリティックの塊と化したオイラの目には、やはり、この特撮映画は子ども騙しにしか見えないのでした。
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それにしても、「クリスタルの泉」や「キノコの森」や「地底の海」といったそれらが、我々の足元にある風景だと誰が信じられようか!? などと画面に広がる、このランドスケープをシニカルな視線で眺めつつも、やはり、それらを舞台にした登場人物たちの活躍ぶりが気になってしまうのは、この特撮映画に対する人情? というものでしょう。


 科学の究極の目的は 未知の世界の解明だぞ 星や銀河に比べると 地球はまだ知ら
 れていない 秘密はここにある 我々の足元にだ

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とこの映画の主人公、リンデンブロック教授が豪語していたのは、19世紀末のことでした。
それから100年以上が経ち、ヘンリー・レビンの『地底探検』からも50年が経とうとしている現代(いま)、ヴェルヌの冒険小説は、3D技術をもってよみがえりました。
それが、昨年、秋に公開された、『センター・オブ・ジ・アース』なのですが、映画を観ずともわかるのは、その技術に適った迫力だけでしょう。
つまり、地球の中心に降りて行こうとする無謀に際し、パリやロンドンの街でも散策するかのようなスタイルに、木づくりの装置といったアナクロさ加減が、『地底探検』の一番の魅力であり、この映画をキッチュならしめているのです。
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画像、上、「クリスタルの泉」、中、「キノコの森」、下、「地底の海」
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by viola-mania | 2009-01-25 00:45 | 映画

恩返。

「一万円でいいですか?」
とSuicaのチャージに投じるその額を、もう一度確認すると、
「おばあちゃん、太っ腹!!」
とこちらも、いまさっき、チャージャーに一万円をいれたのはいいけれど、Suicaのチャージに投じたのは、二千円でした。
「ご親切にありがとうございます」
と頭をさげているおばあちゃんに、別段、感謝されるようなことは、何もしていないと思えたオイラは、けさ、立ち寄ったコーヒー・ショップで、買ったばかりの手袋を落とし、それを探しに戻った折り、近くに座っていたおぢさんに、
「手袋、カウンターに預けてあるよ」
といわれ、そのカードで買った手袋(未払い)との再会? に安堵したのでした。
そして、うしろを振り返り、そのおぢさんに頭をさげたところ、軽く手を振るおぢさんの表情は、別段、感謝されるようなことは、何もしていないという風に、はにかんでいました。
とさ。。。

*画像、柔らかにほころぶ寒椿。
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by viola-mania | 2009-01-18 00:20 | 雑感

雑嚢。

庭の一隅に杉林を持つ我が家の敷地は、この土地に古くから住んでいる、ある一族の所有になるもので、そこに建つ二つの家屋は、賃貸に際し、その境界を、竹や楓(かえで)といった茶の湯の雅趣に必須な植物によって隔て、かつ、移民であるオイラとお隣さんのプライバシーは、その生け垣によって保たれています。
さて、この週末は、冬ざれた庭とて草取りをせにゃあかんとばかりに、それに手をつけるつもりではいたのだけど、パチパチと鳴っている金属音に、
「もしや、大家さんが庭に来ている?」
と枕上(まくらがみ)から聞こえてくる剪定鋏のそれに、布団を上げ、ヒゲをあたり、身繕いを整えると、カーテンをあけて庭に出ました。
「えっ!! 庭師、、、しかも、二人組」
なるほど、「餅は餅屋に」というわけですね。
なまじ素人が、ぞんざいに枝をあたるより、植物にとっては、玄人のそれのほうが、どれだけ救いになるか、、、
などと儲けた時間を託つているオイラって、やっぱ、根っからの不精、否、不粋ものなのだと、先人の残していった庭を顧みつつ想うのでした。

*画像、雑嚢ふたつ?
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by viola-mania | 2009-01-11 00:30 | 雑感

悪友。

クリスマス・カードを貰ったきり、賀状も出さずに放置してしまった、悪友Kに、その不義理を詫びるべく電話をしてみたところ留守でした。
とはいえ、新年早々聞きたい声でなかったことは確か。
そんなわけで、Kの不在にホッしていたら、
「俺だけど、、、」
と折り返しかかってきたKからの電話にびっくり!!
というのも、当然、着信履歴をもとにかけてきてくれたとばかり思っていたKからの電話は、自発的なそれだったというわけ。
「きのう、近所のともだちと古い<薔薇窗>見てて、そのコがきみの作品いいっていってたよ」
とKの自尊心をくすぐってみたところ、
「何やってるコ?」
と聞かれたので、かくかくしかじか話したら、
「そのコが本出すときいって、俺が装幀してやるからさ」
だって、、、無論、有料で!!
ちなみに、Kの職業はデザイナー。
「“してやるから”って、きみ、いったい何様!?」
と突っ込んでみるも、そーいうオイラも、Kの不在に、
「せっかく電話してやってるのに、何で出ねぇーんだよ」
とかなり、何様のつもり。
とはいえ、唯一、腹を割って話せるのが、この悪友というのもありがたいことで、K以外の誰ともお金の話にならないのは、Kという人間が、ハングリーに世のなかを生きていることの証拠であり、だから、唯一、頼みになるのは、K以外にないということになるのかもしれません。
もっとも、そんな心配をかけないようにするのが、ともだちとしてのたしなみではあるのだけれど、、、


 悪友のひるねの臍に一つぶの葡萄を填(は)めて去る 聖母月   邦雄

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*画像、元日に届いた賀状の束、、、ありがたいことです。
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by viola-mania | 2009-01-04 00:14 | 雑感

開幕。

近所に住んでいる年少のともだちを、門前で見送ると、
「良いお年を!!」
という柝(き)の音のような清々しい声が返ってきました。
さて、「K1 ダイナマイト」をみながら年越しそばをいただき、食べ終えた食器を洗ったあとで冷蔵庫をあけると、そばにのせようと用意しておいた「かき揚げ」がはいっていて、スゴいショック!!
何がショックかって、その「かき揚げ」をそばにのせていただくことで“年越しそば”を食べるという慣習が遂行されるはずだったのに、、、
「やきがまわったなあ」
とその薄くなった「年越し」に対する意識に、一抹の悲しさを覚えるのでした。
とはいえ、新しい年の開幕に際し、これといったことは何もしていなくて、だから、ことしのそれは、たんに日付けが変わり、かつ曜日が変わるくらいな気構えでしかありませんでした。
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そんななかでの、「薔薇窗カルタ取り大会」は、だから、耽美文藝誌『薔薇窗』が行った年を総観しつつ、来たる21号からの方向性を検討するべく良い機会となりました。


 わが肌は汗のみ着つつうすびかれ愛すべし天衣無縫の行き方   剛


正しくは、「生き方」であるのでしょうが、この場合のそれは、「行方」とするのが正しいようです。
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「1号が創刊されたのは、いくつのときですか?」
「いまのきみとおないどしくらいかな」
「じゃあ、これが僕だとして、、、」
「これが、僕ということになるね」
とともだちが示した『薔薇窗』1号を見やりつつ、その手のなかには、『薔薇窗』18号。
その13年という歳月のどこで、こどもとおとながすれ違ったのか、悲しいことにわからない、、、
ことしも、開幕のベルは華やかに鳴ります。
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ほんねんも、「ヴィオラ☆マニア」ならびに、「スミレノオト」をよろしくお願いします。

*画像、上、第一期(1〜4号)、中、第二期(5〜11号)、下、第三期(12〜16号)
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by viola-mania | 2009-01-01 10:59 | 雑感