<   2008年 08月 ( 5 )   > この月の画像一覧

形質。

はじめてのカラーリングが、白髪染めのオイラは、いわゆるスタイリングというものに、めっぽう疎(うと)い。
そのくせシャンプー&トリートメントは、サロン仕様のそれらを使っているといったチグハグさ。
つまり、見かけをつくろうより、その根本をどーにかしたいと、ビューティ・ケアに対する姿勢は、いたって地味。
とはいえ、“白髪染め”にはじまる老化防衛については、やはり、“見かけをつくろう”ことに頼らざるを得ないという矛盾もはらんでいて、齢(とし)はとりたくないねえ!! との諦念のうちに鼓舞をはらませたひとことを呟くばかり。
さて、そんなオイラが齢(とし)がいもなく、ひとからいわれて嬉しいひとことに、肌白いね!! があり、その昔に読んだ沼正三の『家畜人ヤプー』以来、自らの形質に対する意識が高まったことは否めません。
マイケル・ジャクソンは置くとしても、その形質ばかりは、いくら金を積んでもどーにも変えられないし、死ぬまでそれにつき合わなければなりません。
七難隠すといわれた肌の白さを呪った、少年時代もあったけど、母親譲りのこの肌を陽に晒すことなく、晩夏の季節を過ごそうと思います。。。

*画像、男前やね!! (笠井あゆみさん、ゑがく)
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by viola-mania | 2008-08-31 10:42 | 雑感

潭美。

降るような虫時雨(むししぐれ)が、屋根瓦を打つ雨音に変わるころ、微睡(まどろ)みのなかで耳にしたサイレンの音が、その白昼に視せたものは火事の夢でした。
いつものように蕎麦を茹で、さっと昼食を済ませると、雲行きが怪しくなり始めた空のもと、門前の草取りを始め、これも、さっと作業を済ませると、いよいよやることがなくなった午後を、たまには、無為に過ごしてみたくなりました。
けさがた、物置きから引っ張り出してきた、文芸同人誌『潭 tan』のなかから、その発起人でしょう、古井由吉の「椎の風」という小説を読みました。
ひさしぶりに小説らしい小説を読んだ気がします。


 不治の病いと伝えられる少年が小康を得て、夏の宵の花火大会に、中庭で仲間たちに
 交って花火を楽しんでいるのを、事情を知った住人たちはヴェランダからのぞいてい
 る。少年からすこし離れたところには父親が屈んで、楽しそうに見守っていた。


こんな描写のうちにも作者の品性が感じられ、この作家が気になりました。
もっとも、古井由吉は好きな作家のひとりではあるのですが、、、
夕風に冷たいものが混じり始めた宵のいり、いつしか、雨音だけが強く聞こえるようになりました。
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by viola-mania | 2008-08-24 20:24 | 文学

送盆。

夕風に薫る線香の匂いに、いまがお盆であることを、すっかり忘れていたことに気づき、何だか寂しくなりました。
オトナになると「夏休み」という概念が希薄になるからでしょうか? いやいや、それを唯一の楽しみとしているのは、存外、一般社会に棲息しているオトナと呼ばれる生物たちのほうかもしれません。
Tシャツに七部丈のパンツといった格好で、それを何分の一かに縮小したコドモの手を引くオトナの姿を見ると、「夏休み」という風物自体が、つくりものめいて感じられ、何だか不愉快な気分にさせられます。
とはいえ、こんな感慨を持つこと自体、オトナになり切れていない証拠でしょう。
だから、「終わらない夏」ということばが、「永遠の少年」というそれを喚起させるのは、自明の理(ことわり)であるのかもしれません。
さて、“線香の匂い”についで、鐘の音が聴こえてくると、その不可思議な光景に、目を見張らざるを得なくなりました。
「いったい、この習慣? は何ですか!?」
「あれ、イシカワさん、はじめてでしたっけ!?」
と近所の商店の娘さん(といって、たぶん、同世代)に気安く問われ、不可思議な習慣よりも、その娘さんの言動のほうに戸惑いながら、その光景を眺めていると、
「ご先祖さまを、こうやって送ってるんです」
なるほど、きょうは送り盆。
ところで、“娘さんの言動のほうに戸惑”うといったのは、こちらの性格のゆえか、長らく顔を見合わせていながら、あまり親しく話したことがなかったその娘さんを、いぶかしく感じていたことのあらわれであり、そんな娘さんに対する、こちらの驕りでもあるのでしょう。


 ひとは読み切りではなく、連載で見るようにしている。


とは、きのう交わした、親友への返答。
とはいえ、その連載がつまらなかった、、、ということもあります。
そんなわけで、長きに渡る“娘さん”の連載は、ここへきて、面白くなり始めた、、、といったところでしょうか。
「ありがとうございました」
と感謝の念を、その家のご先祖さまに伝えると、門灯のスイッチをONにしました。
誰かが、この家から、帰ってゆけるようにと、、、

*画像、もえぎさえこさんのブログ『関心空間』より、転載させていただいたことを附記します。
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by viola-mania | 2008-08-17 00:00 | 雑感

三角。

お盆間際の週末。
空いていると見込んでいたバスや電車は混んでいたけれど、どの顔の上にもストレスは感じられません。
きっと、こちらの上に、それがないのでしょう。
“顔の上”といえば、太腿および二の腕を放恣(ほうし)なまでに擦り寄せてきた、ギター少年の寝顔の上には、三つの黒子(ほくろ)が三角形を結んでいました。
その肌理の細かい片頬に陶然としながら、三島のユッキーの遺作、『天人五衰』のなかの、左の脇に三つの黒子が昂(すばる)のかたちに並んでいる、主人公、安永透(やすながとおる)を思い出しました。
横浜から渋谷へ到着するまでの、つかの間の転生でした。


 天人五衰
 新潮社  1971年(昭和46)2月25日 初版
 「豊饒の海」の最終巻。最終回の原稿は、三島の死の当日の朝、編集者に渡された。
 76歳になる本多の前に、本多の自意識の雛形であるかのような少年・透が現れる。本
 多は透を養子に迎えるが、透は自殺に失敗し失明。彼は偽者の生まれ変わりだったの
 だ。本多は60年ぶりに月修寺を訪れ聡子と再会するが、聡子は清顕という人物のこと
 を知らず、すべては本多の夢物語ではないかと語る。結末は当初の構想と大きく異な
 るが、三島は最後の本多の心境について、あるいは「幸魂(さきみたま)」に近づい
 ているかもしれないとも述べた。

                 「三島由紀夫文学館 三島由紀夫代表作品」より
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by viola-mania | 2008-08-10 00:34 | 少年

風渉。

長らく冷房のきいた部屋にいたせいか、暑いという意識にからだが反応しません。
長袖シャツをじかにまとったカラダ、そして、顔にも、汗をかいていないのです。
短いスパンで電車を乗り継ぎ、我が家についたところで、ドッと出る汗。
エコロジストを気取っているわけではないけれど、ここ数年、家では冷房を使わないようにしています。
さいわい我が家は、風の通り道にあるらしく、緑陰を透かしてよい風が抜けてゆくのです。


 内地でストレンジャーの意識に目覚めた詩人は、自分が「月の民」ではなく、「天幕
 の民」の後裔であることをいやおうなく自覚させられる。「天幕の民」は「月の民」
 と違って一定の土地に根をおろすことなく、地上を移動しながら暮らしており、それ
 ゆえ、不動の秩序を保つ「天」を地上の個々の場所よりもつねに身近に感じて生きて
 いる。彼らの行く先々で目前の風景は刻々、千変万化する。だがそれにひきかえ、頭
 上の星空は少しも変わらず不滅の美しさに輝いている。


文芸評論家、堀切直人さんの『飛行少年の系譜』をひらいたら、こんなことが記されていました。
確かに、彼らノマド(遊動民)は土地から相対的に分離独立した自らを強く意識しているかもしれないけれど、“不動の秩序を保つ「天」”のもとにあるかぎりは、誰の上にも、星は“不滅の美しさに輝いている”のです。
この風を心地よく感じる意識がある以上は、、、


 北方の洞窟で誕生した夜、産舎の上に鷲座(アクエラ)が南中してゐた。
                                吉田一穂「夏」
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by viola-mania | 2008-08-03 05:12 | 雑感