<   2007年 08月 ( 4 )   > この月の画像一覧

漆黒。

「美意識」ということばから、思い浮ぶひとを、三にん挙げろ。
と問われれば、ルキノ・ヴィスコンティ、セルジュ・ルタンス、そして、山口小夜子と応えるだろう。
その山口小夜子さんが、14日、急逝した。
小夜子さんには、自演の「朗読会」の折り、一度だけ、お目にかかったことがある。
奇しくも、寺山修司が亡くなった、五月に、その一夜限りの「朗読会」は催された。
その夜、小夜子さんが朗読したのは、

 ガルシア・マルケス『百年の孤独』

だった。
小さなホールの最前列で見た小夜子さんは、この世のものとは思えないほどの、美しさと神秘をまとっていた。
数メートルと離れていないところに立っていながらも、遠い、星のような存在だった。
聖母マリアが、地上の花、すなわち、“星”の象徴であるように、小夜子さんの存在も、また、、、否、小夜子さんを、聖母マリアとたとえるには、少し、無理がある。
とはいえ、「美」の象徴であったことは確か、、、厳密にいえば、幼い頃に見た、資生堂「インウイ」のCMにおける、セルジュ・ルタンスとのコラボレイションによって、その「美意識」は目覚めたのだから、、、
「黒は、ひとを美しく見せる」という言説である。


 形をとらないことによって、私はすべての形になった。


これは、「不動の旅人」と題された、ルタンスの「ことば」、、、
透徹した美意識をあらわす色としてある、ルタンスの「黒」。
「ことば」がもたらすイマージュの侵犯と、「黒」の何ものにも犯されることのない純潔。
ルタンスと共犯者であった、山口小夜子の宇宙は、その黒髪と黒い瞳のなかに、集約することのできる、日本民族の血統によるもであったと、いまさらながら、嘆息した。
合掌。
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by viola-mania | 2007-08-26 10:36

知性。

振り返って思ってみるに、夏、それも、陽盛りのもとでさえ、長袖シャツに同色の黒いスラックスをはいて、町なかを闊歩していられた、青年の頃の神経が、いまとなっては、信じ難い。
黒は、ひとを美しく見せる。
といった、根拠のないことばだけが、奇態ともいえる、こんな美意識を支えていたのだろう。
つまり、学生時代から、二十歳を少し過ぎるまでの間、黒以外の服を着ることの厳禁を、自らにかせていたというわけだ。


 人間性の擁護が知性の排撃になつたといふことは現代のパラドクスである。


久しぶりにひらいた、三木清の『哲学ノート』のなかに、こんな、わかりやすい一文を見つけた。
つまり、人間が動物から区別される特徴は知性であるわけだが、その知性を排斥することによって人間性を擁護しようというもの。
知性は人間の本性に属するよりも、むしろ、これを破壊するもののように見られているからだ。
ところで、黒をその服装に選ばなくなって久しいこの頃。
きのうなども、あまりの暑さに、日中は、上半身ハダカで過ごし、就寝時にいたっては、これまた、あまりの熱帯夜に、スッパダカで一夜を過ごしてしまったというテイタラク。
もうこうなると、エデンの園を追放される以前の話である;
とはいえ、知性的(美意識の保持において)だった青年の頃には、思いも寄らないこんな恰好(ナリ)は、でも、「自然」として主張される、本能であり、衝動であり、すべてパトス的なものであるといえるだろう。
などと、ひらき直ったところで、
「知性もまた、人間の<自然>ではないだろうか。その知性を<自然>の反逆児と見るよりも、むしろ本能でさえもが、ある知的なもの、すなわち、<自然のイデー>と見られるべきであり、このように見ることが、ヒューマニズムの精神に合致するのではないだろうか!!」
という、青年の叱咤の声が、どこからか聞こえてきそうな、夏の朝でR

*画像、反転させたら黒ユリだった、、、知性もまた。
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by viola-mania | 2007-08-19 11:06

吸血。

風のある日中は、窓を全開にして、その通り道をつくるのだが、網戸だけは、絶対に開けないことにしている。
なぜなら、葎蔓延(むぐらはびこ)る小庭から、生き血を求めて、蚊がはいり込んでくるからだ。
とはいえ、この蚊、“生き血”を吸うのは、オスだけだというが、1センチに満たない、ましてや、すごい速さで飛ぶ、彼らがオスであろうと、メスであろうと、どうでもいいことで、ひとさまの“生き血”を吸おうとは、フテェーヤローたち(我ながら、上手い!!)なのである。
さて、この蚊、飛んでいるだけなら、蟻のように、「小さいからだで力持ち♪」、ではないが、その速力に関心させられようというもの。
しかし、
<小さいからだ>+<すごい速さで飛ぶ>+<生き血を吸う>
が一体となって、ひとさまに危害をおよぼすとなると、これは、もう一つの罪である。
ところで、最近ハマっているドリル(「錯覚から論理を学ぶ101問」)のなかに、


 人に「金をください」と要求することは、違法ではない。また、人の行った犯罪を
 知って「通報するぞ」と脅すことは、違法ではない。しかしこの2つの行為を合体さ
 せて、「金をください、さもないとあなたの犯罪を通報しますよ」というやり方をす
 ると、違法である。「恐喝」という罪になるのだ。
 金を要求することも、通報するといって脅かすことも罪ではないのに、この2つを
 いっしょにすると罪になる。なぜだろうか。


といった設問がある。
一つひとつは罪ではないが、一緒にすると罪になる事例はほかにもある。
たとえば、蚊の一件がそうである。
<小さいからだ>+<すごい速さで飛ぶ>+<生き血を吸う>
というわけだ。
さて、蚊取り線香の煙りが、よい香りを立て始めたところで、ドリルの続きを解くとするか。。。

*画像、キンチョウの夏。
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by viola-mania | 2007-08-12 07:21

野分。

台風5号は、現在、日本海の上空を北上しているとのこと、、、
そのせいか、朝から風が強い。
家中の窓を全開にして、風の通り道をつくる。
木々に覆われた、ちっぽけな我が家を、通り抜ける風が、微風となってそよいでいる。


 野分例の年よりもおどろおどろしく 
 またかくさわがしき野分にこそあはざりつれ


光源氏と葵の上との間に生まれた夕霧が、中宮の御所で、父の持った後妻、つまり、継母である紫の上と、遭遇する場面が印象的な「野分」の巻は、『源氏物語』のなかでも、「柏木」、「横笛」の巻についで、好きな巻。


 御屏風も、風のいたう吹きければ、押し畳み寄せたるに、見通しあらはなる廂の御座
 (おまし)に居給へる人、物に紛るべくもあらず、気高く清らに、さと打匂ふ心地し
 て、春の曙の霞の間(ま)より、おもしろき樺櫻の咲き乱れたるを見る心地する。


キーを打つ指先も陶然。。。
継母だとは知らずに見た、紫の上の美しさに、ハッと息をのむ、夕霧少年の動揺が、ありありと浮ぶ一節。
さて、その「野分」という表現が、このところ、熟読? している、江島厚のホモ小説のなかにも出てきて、この匿名作家の教養の深さ? を知らされた。


 熱い息が、俺の叢を野分のように襲い、それさえもガツンと脳天に響く。


というもの。
何だか嬉しくなった。

画像、野分の風に煽られる。
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by viola-mania | 2007-08-05 07:42