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拘束。

いつの頃からか、門前に、ニョッキリと生えたヤツデが、我が家の指標となっています。
ところで、紀元79年、ベスビオ山の噴火で、死の都と化したポンペイは、また、享楽の都でもありました。
たとえば、富豪の邸宅には、寝室のほかに、「ベネリウム」と呼ばれるセックス・ルームがあって、その部屋は、邸の薄暗い場所に設けられることを常としていました。
また、ペニスを象った、或いは、記したものが、街のいたるところにあり、現に、娼館の前には、それが指標のごとく記されています。
とはいえ、そのかたちから、指標の役割を果たしているかに思われる、ペニスは、魔除けや厄除けといった意味をなし、古代人の腸物への崇拝を窺うことができます。
ポンペイが死の都と化したその後年、ローマにあらわれた少年皇帝、ヘリオバガルスもまた、“腸物”を崇拝したもののひとりです。
このエピソードは、澁澤龍彦「腸物神譚」に詳しく書かれているので、一読をおすすめします。
さて、門前に、ニョッキリと生えたヤツデの実に、エロティックな寓意に彩られた街の幻影が浮び、ついで、「ボンデージの夢」ということばがよぎりました。
目覚めてから視る夢もあるものです。
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by viola-mania | 2007-03-25 17:37

美学。

すこうし筋肉のついた二の腕を、同僚のB子さんに触ってもらいながら、こーいうときの自分は、つくづく男なんだなあと感じます。
つまり、日頃の成果? を誇示してみたくなる、この短絡さこそ、男脳のなせるワザ!!
また、冬に戻ったかのようなきょう、ピーコートの下には、シャツと肌着の二枚切り、もう、若くはないのだから、痩せ我慢はおよしなさいな!! といった恰好で出かけてみるも、この“痩せ我慢”こそが男の美学だと思うのです。
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by viola-mania | 2007-03-18 10:36 | 運動

駘蕩。

さて、春の伊豆をドライブです。
といって、目的は、未踏の温泉場へ行き、その湯にはいること。
そんなわけで、このたび訪ねたのは、片瀬温泉。
毎年夏に訪ねている、今井浜温泉の定宿もさることながら、このたびの宿は、何といっても、客室20に対して、浴場9といった、温泉がメインというトコロが気にいりました。
わけても、貸し切り露天風呂は素晴らしく、その小さめな湯舟に大の字に寝そべり? 星を眺めたおとついの夜のことは、生涯忘れられない思い出(おおげさやね)となりました。
そんなこんなで、つごう4回、温泉にはいりました。

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ソメイヨシノではありませんが、満開です。

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ここは、「雛のつるし飾り」発祥の地。

で、翌日、つまり、きのうの日中は、すでに葉桜となってしまった「河津桜」を県道沿いに眺めつつ、天城越え。
途中、石川さゆりの『天城越え』の歌詞にもうたわれている、「浄連の滝」を見て、ワサビ田で働くお兄さんたちを見物? やっぱ、働く男は、美しいねえ♪
そんな彼らを、カメラにおさめようとするも、何となく不謹慎に思われ、自粛。
また、「ワサビの花ストラップ」なる御当地グッズに食指が動くも、財布を車のなかに置き忘れてきてしまったことに気づき、こちらも自粛。
でも、地域限定QP「金目鯛きゅーぴーストラップ」を、その手前にあるいくつかの滝を見て廻った折に買っていたので、「ワサビの花ストラップ」我慢がならん!! というまでにはいたりませんでした(わっしは、なんちゅうアホや!!)

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ワサビの花。

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萌葱色が鮮やかなワサビ田。

ところで、ソメイヨシノではないまでも、すでに、葉桜の季節を迎えている伊豆の散策は、終始、白シャツ一枚という軽快さ。
ふと、葉桜を眺めつつ、
「こっちの桜は、これからだYO」
といった優越感が込み上げました。
満開の桜の下を、白シャツ一枚で、或いは、ことしは例年にない温かさゆえ、伊豆でなくとも、そんな日が迎えられるような気がします。
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by viola-mania | 2007-03-11 09:29

鏡国。

CDショップで、あれこれ、あてどもなく物色していたら、棚から飛び出た柱のひととぶつかりそうになりました。
“柱のひと”とは、よくよく見れば自分であり、、、
つまり、鏡貼りの柱に映った自分と、思わぬ場所でご対面というわけです。


 オクスフォードの彼の部屋は、彼と少女たちにとって、いわば鏡の向こうがわの「鏡
 の家」であった。

                        高橋康也「鏡の家の少女友だち」


“彼”というのは、二つのアリスの物語の作者である、ルイス・キャロルのことであり、或いは、この場合、CDショップで見かけた少年を、棚から飛び出た柱の向こうに追い駆ける、自分であるのかもしれません。
“柱のひと”とぶつかりそうになった瞬間、その傍らには、ソバカスならぬ、赤いニキビを浮ばせた、ひとりの少年があらわれました。
CDを選ぶ振りをして、その少年に近づくと、鏡のなかにあった、少年の、こちらを窺う、好奇の眼差しに出逢いました。
少年と鏡越しに、しばらくの追い駆けっこを続けたのち、鏡のなかからあらわれた少年は、ニキビで赤らんだ端正な顔を振り向け、無抵抗な眼差しでこちらを一瞥。
むしろ、少年のように頬を赤く染め、その少年の傍らを足早に通り過ぎた、自分の方が、少年アリスだったのかもしれません。
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by viola-mania | 2007-03-04 14:50