<   2006年 12月 ( 6 )   > この月の画像一覧

怪物。

厚いカーテンに閉ざされた、電気も火もはいっていない、明方の書斎へ、靴下を取りにゆきました。
はい、クローゼットは書斎にあるのです。
ふと、書棚に収まりきれず、床の上、幾重にも積まれた本の寝息を聴いたような、或いは、犯してはならない領域に、踏み込んだかの心地がしました。


 少女とはおそらく、、、厳密な論理の支配下、明澄な知性の君臨する保護領で、冴え
 ざえとしたよろこびのまなざしに支えられてこそ、もっとものびやかに精彩を発揮す
 るにちがいない、可憐な生きものなのである。


少年を想うとき、それが、普遍的な「美」に適う造型を持った、いわゆる「美少年」と呼ばれる怪物であればあるほど、その裡(うち)に少女の姿がちらついてしまうというのは、どういった理由からでしょう。
とはいえ、上記に引いた、矢川澄子の「不滅の少女」の一節にある、少女を少年に置き換えてみたところで、何ら違和感のない、自分の感性のなかに、その理由を見い出せるような気もします。
また、「美少女が少年に扮したような」という形容を、昭和初期の挿画家、高畠華宵描く少年に冠した讃辞として、よく目にすることがありますが、存外、そんな形容のなかに、すべての答えが集約されているのではないかとも思うのです。
明方の書斎。
“犯してはならない領域に、踏み込んだ”とき、その硬くて脆い玻璃のような存在である怪物の姿が、パンセとなって、その場所を横切ってゆきました。
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by viola-mania | 2006-12-31 00:09 | 少年

前夜。

 やがて宗教学院(ミツシヨンスクウル)の生徒には耶蘇降誕祭(クリスマス)といふ名が
 古酒のやうな心持ちを蘇らせて、誰も彼もが眼のさめるやうな銀色の雪を恋ひこがれ
 る時が来る。


山崎俊夫の「耶蘇降誕祭前夜」を読みながら、降誕祭前夜は心静かに過ごします。
部屋住み時代に傾倒した山崎文学ですが、その甘いロマンティシズムも、いつしか埃をかぶった飴細工のように、日常の塵埃にまみれ、ことばの結晶を並べたプレパラートも、好奇の眼差しが鈍磨したいまでは、やがて見えにくいものになっていました。


 「わたしはあなたが木馬へ乗るやうなかたぢやないと思ふんです」。


この一行に差し掛かったとき、ふと、行間がゆがみ、その隙(ひま)から臨む景色のなかに、易々とはいってゆけたことには驚かされました。
主人公の“わたし”は、「臆病で意気地なしで神経質、、、生れながらにして人づきの悪い方だつたので、つひにこれといふ仲よしをつくらなかつた」。
「さうした偏屈なわたしの無二の仲よし」が、「校庭の西側にたつて居る古ぼけた木馬」だったのです。
そんな“わたし”が、仲よしの木馬と相まみれているさまを、「サンダム館の側から見て居たのは」、“李宝鏡”という金髪青眼の少年でした。
“木馬”をなかに打ち解けた二少年は、やがて、かたみに惹かれ合ってゆきました。
しかし、ロシア人の父親と朝鮮人の母親との間に生まれたこの混血児は、彼のことを想う、もうひとりの混血児の少女との関係から生まれた、他の少年たちのやっかみにあい、復讐を企てられるはめに、、、
“わたし”は、少年たちによって、耶蘇降誕祭前夜の晩に決行されるその計画を知っていました。
そして、雪が降った耶蘇降誕祭前夜の晩、


 待つ間ほどなく李宝鏡の姿が門の側の瓦斯燈に照らされて、幽霊のやうに蒼白く現わ
 れた


“李宝鏡”と“わたし”は“木馬”のある方へ歩き出したのでした。


 やがてわたし達は木馬の側に達した。さうして背中の雪をはらつて、その上に二人膝
 を並べて腰掛けるやいなや、わたしは、
 「さあかうして木馬にも二人で腰掛けたし、ほかにきいてる人もなし、今夜こそは真
 実にきかしてくださるでせう」。


と“わたし”は、“李宝鏡”に、その胸のうちを明かしてくれるよう性急を求めるのでした。


 「わたしはあなたが木馬に乗るやうなかたぢやないと思ふんです」。


といった、“李宝鏡”のことばを聞いたときから、“わたし”の傲岸なナルシシズムの萌芽は、始まっていたのだと思います。
それは、そのまま、亡国の民への侮蔑へと直結し、“わたし”は、“李宝鏡”の屈従と懇願を聞くのでした。


 李宝鏡はわたしの膝に顔をあてて、
 「雪がきいてゐますもの。雪がきいてゐますもの」。
 と言ひながら、奴隷が暴主に嘆願する時のやうに、雪の上に跪いた。


そして、この「耶蘇降誕祭前夜」が「帝国文学」一月号に発表されたその年の七月、第一次世界大戦が始まるのでした。

*画像、銀座、並木通りのイルミネーション。
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by viola-mania | 2006-12-24 17:29

一果。

横浜FCが、J1に昇格したという事実は、たとえ、それが聞き齧りのニュースであったとしても嬉しいものです。
熱心に応援していたわけではないけれど、カズ(三浦知良)やジョー(城 彰二)にとっては、愁嘆場? ともいえるチームでの、彼らの活動が気になっていました。
特に、一線を退いたあとのカズの活動ぶりには、
「このひと、ほんとうに、サッカーを愛しているんやね〜」
といった感慨が、或いは、「キング・カズ」と呼ばれていた頃(いまも、キングだが)の偉功や矜持など、どこ吹く風とばかりに、自らの肉体を酷使し、精神の極限に迫ろうとするその姿は、やはり、美しいとしかいいようがないのです。


 どこの国でも、どんなカテゴリーでも、1年間戦って勝ち抜けるのはうれしいこと。
 もちろんJ2は2部だから、日本のトップじゃない。来年はそこに挑戦することにな
 る。
 この位置にたどり着くまでに、クラブは本当に苦労してきた。自前の練習場がないか
 ら、一般の施設を借りて練習する。小学生チームの予約が入っているから早く出てく
 れと言われたこともある。僕も長くプロをやっているけれど、小学生のためにグラウ
 ンドを出ていかなければならなかったのは初めての経験だったな(笑い)。

                「サッカー人として 苦難のJ1昇格に感動」より


たまに覗く、カズのサイトには、このたびの「J1昇格」に際し、こんなことが書かれていて、そのエピソードを微笑ましく読むも、カズとしてみれば、笑えないものがあったのだろうな、などと彼の機微に触れ、こちらは、苦笑せざるを得ません。
「それが世間なんだよね」
といって、、、
ところで、話はガラリと変わり、作家、中井英夫のいった、


 小説は天帝に捧げる果物、一行でも腐っていてはならない。


ということばがあるけれど、このことばがあるから、愁嘆場? にあっても“腐らず”にいられるのだと思います。


 Patience is a bitter plant, but it has a sweet fruit
 (忍耐は苦い植物だが、甘い果物が実る)


“果物”つながりだったら、こんなことばも好きです。。。
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by viola-mania | 2006-12-17 10:37

結露。

朝、洗面所の小窓に結露がたっていました。
白い透かしガラスの上にしたたる結露が、何ともよい感じだったので、写真を撮ってみました(画像)。
撮れた写真を見ていたら、『窗(まど)』と題された、昭和の初年に、無名の詩人が編んだ、詩集のことを思い出し、本棚から引っ張り出してみました。


 夜半 寝台の上で 僕は魚のように濡れてゐた
 窓掛を閉め忘れた窓に 冴え冴えと一枚の白磁の洋皿が落ちてゐた。
                                              
                                    「月」


一読、タルホの世界を彷佛とさせるような、パースペクティブな構図が浮びました。
はい、「モダニズムの詩」というやつですね。
では、こんなのはどう?


 苦熱の血潮を残して
 太陽が 懸崖を辷り落ちた

 少女等が庭へ驟雨(しゅうう)を降らしてゐる
 葉末に生まれる青い微風

 僕は 本を伏せて
 煙草の烟(けむり)を環にする

 明日の青天を約束する空を
 一群の羊が牧舎に帰つて行く

 その後へ 一艘の雄大な飛行船が浮び上がる。
                                                
                                   「黄昏」


一読、古賀春江の描く世界そのものだと思いつつも、やはり、“飛行船”ということばが、それを喚起させたものかと、昭和の初年という時代を鑑みれば、或いは、凡庸な詩なのかもしれません。


 夏の陽に疲れた花園へ
 水を灑(そそ)ぎ終つた少年は
 空に如露(じょうろ)を一振りして
 緑の微風を口笛にした。
                                             
                                   「少年」


一読、鳩山郁子の世界に棲む少年の清々しさと、小粋なさまとが浮びました。
とりわけ、慶応型の学帽に丈の低いカラーでスマートに闊歩する、モダンボーイの姿が、これらの詩を書いた無名の詩人の上に、ちらちらと、その夭折者の輝きを放っているかのようです。
そして、
昼、洗面所の小窓に結露は消えていました。
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by viola-mania | 2006-12-10 00:22

旅人。

古書店のワゴンで、堀辰雄『花あしび』を拾いました。
ここに収められた作品群は、すでに、新潮社版『堀辰雄全集 第三巻』の端本で読んでいて、そのズシリと重い感覚を、手のひらに感じながら読み進めていた数日後、それをいれたボストンバッグを下げ、奈良を旅していたという、何とも、突拍子もない経験をしたことがありました。
『花あしび』は、堀辰雄が大和(奈良)を旅したときに生まれた、日記や随筆からなる小品集で、その判型も、文庫ほど、、、先に、全集の端本ではなく、こちらの初版の方に、出逢っておくべきでした。
ともあれ、いまとなっては、よい思い出です。
さて、画像は、「萬葉集 巻第二」のなかで、柿本人麻呂が詠んだうたを、先人(『花あしび』前持ち主)が記したとおぼしい書き込みなのですが、そのしりえには、なぜか、「皇女歌」という文字があって、記憶している、


 石の上に生ふる馬酔木を手折らめど、見すべき君がありと云はなくに
 
 (岩の辺に生えている馬酔木(あしび)を折ってみても、それを見せたい
 と思うひとは、生きているわけではなし、つまらないものだ)


とは、違うものなのかしらんと、疑問が残ります。
ところで、『花あしび』のなかには、「死者の書 古都における、初夏の夕ぐれの対話」と題された小品があるのですが、そのなかで、“客”に扮した堀が、


 どうも大和のはうに住みつかうなんといふ気にはなれない。やつぱり旅びととして来
 て、また旅びととして立ち去つてゆきたい。


とニィチェのいう「遠隔の感じ」を滲ませて、そう書いています。
パトス・テル・ディスタンス。
好きなものには、ひとでも、場所でも、いつも、“旅びと”のような感覚で触れていたいものですね。
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by viola-mania | 2006-12-03 00:47

師走。

12月1日の朝、玄関の扉に、小さなリースを飾ることが、我が家の習慣?
近所の庭先では、11月も終わる頃から、それ用のイルミネーションが、気ぜわしく光っていて、どうやら、我が家のリースも、このあたりでは、気の早いお出ましではなさそうです。
クリスマスまで、あと、24日、、、カウントダウン、始まりました。
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by viola-mania | 2006-12-01 20:51