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背負魂。

三つ鱗(うろこ)。
記憶の片鱗でしかなかった、その図象を眼の当たりにした刹那、ふと、これまで背負っていた苦役を、かのものへ転嫁ならしめることを赦されたような気がした。
下賤が背負ったその石には、我らが一族の紋である、三つの鱗が刻まれている。
この館の主(あるじ)、能員(よしかず)は、母、若狭局の実父にあたる。
その祖父を、母の御胸に抱(いだ)かれながら、見送ったのは、かれこれ七百年以上も昔のことである。
青い天蓋は、いよいよ澄み渡り、空華(くうげ)ならぬ、銀杏葉(いちょうば)を降らせていた。
ふと、視界が黄色く閉ざされた。
母は、はらりと顔を蔽(おお)った、その銀杏葉をいま一度、空(くう)に散らすと、いつまでも、祖父の背中を見送っていた。
そして、一切の記憶は、この昏(くら)い背中へと収斂してゆくのだった。
三方を山に囲まれたこの土地は、敵陣からの奇襲を禦(ふせ)ぐのに適した地所であり、また、要塞でもあった。
そして、この辺りの山から産出される石は、この土地の名を冠していながらも、しかし、堅固な印象を持つ地所から、切り出されたものとは思えないほど、脆く歪んでいた。
下賤が背負ったその石を、ぼんやりと眺めながら、謀殺された祖父の無念を思い、父や母の悲しみを思った。
しかし、三つの鱗が刻まれたその石は、強健な肉体に比した、優美な面(おもて)を持つ壮年の背(せな)に、弄(あそ)ばれているかのごとく、やすやすと背負われていたのである。
業火に包まれた、祖父の館。
非道な謀計。
そして、焼跡には、この手のひらに握った小袖だけが残された。
木漏れ日の注ぐ、糸杉の樹間を、何の憂慮もなく歩む、その明るい肉体が恨めしいのだ。

                                                   畢

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by viola-mania | 2006-07-30 09:44

三軌道。

地球の軌道は、他のすべての遊星軌道の基準となる。

                                    ヨハネス・ケプラー『宇宙の神秘』

星宿図のなかに描かれた、赤道円と黄道円の二つの交点は、この地上において、それぞれ春と秋とが分かたれる日が起点となっていて、そのうち、月の通り道である白道に沿って選ばれた二十八宿のうち、畢宿と昂宿のあいだを通っているのが、黄道であったということを、印画のような膚(はだ)に浮かんだ、二つの痣(ほくろ)が想起させた。
畢宿と昂宿の二つの痣(ほくろ)は、黒い双丘のそれぞれ頂き近くに配されていて、それは、その円やかな臀部の谷間を、黄道と見立てることによって生まれるアレゴリーでもあった。
エアコンによって冷やされたソファに座り、一生、或いは、一瞬のように感じられる時間を、闇のなかで、ただ、眼を凝らすことだけに費やしていると、卑小なものでさえ、尊大に見えてくる。
つまり、それが寓意(アレゴリー)というものだろう。
抱擁する二青年を前に、地球と太陽の通り道について考えているおのれも、ずいぶんと焼きが廻ったものである。
ボロボロのジーンズをはいた青年の大腿に、いまひとりの青年の手が伸び、大きくあいた穴から、両手を差しいれられ、股間を弄ばれる青年の吐息が、間近に聴こえる。
その吐息と体液によって奏でられる不協和音は、しかし、エアコンの駆動音にかき消され、そこから送り込まれる冷気によって、この場所は、霊安室のような清浄さに満たされていた。
青年は、いまひとりの青年のものであって、おのれのものでないということは、わかっている。
しかし、二青年は、そのことを知悉しているらしく、抱擁を見せつける。
そのうち、青年の臀部が、そこに配された星宿を認められるほど近くに迫り、青年のジーンズの脚が触れると、青年の掌(てのひら)が、おのれの陽画のような手を掴む。
そして、三つの軌道の上を、星が淫らに廻り始めた。

                                                   畢
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by viola-mania | 2006-07-30 09:39