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花沈舟。

「散る様がいちばん好き」と手を伸ばすその指先の十の桜貝

桜の樹の下には屍体が埋まっている!
と肺やみの作家が書いたごとく、あのひとが、桜ばな散り敷かれたみなもへ沈みゆくそのさまを、あたしは、貴方にさえ抱いたことのない、甘やかな感傷のうちに見届けたものでした。
一陣の風が、さみどりをさやがせ、……
あたしの鼻腔に、あのひとの香が、……
すべらかな肌に染み込ませていたオイデルミンの香が、みだりがわしく漂ったのは、でも、あたしの傲りというもの。
あのひとが沈んだ桜のふしどに、散りばなが、ひとひらとふたひらみひらよひらよしなく、零れてゆきました。
あのひとが、貴方を愛していなかったことは、いえ、男のひとを怖れていたことは、貴方も承知の浜。
そして、貴方との挙式の日を選んで、あたしの計略にあのひとが、素直にのったのも、あのひとの、あたしへの愛ゆえ、……
これもまた、あたしの傲りというものでしょうか。
あたしは、桜の大樹に繋がれた、でも、底の朽ちた小舟へとあのひとを誘いました。
あのひとの指の花びらが、あたしの手もとをはらはらと離れたとき、あたしの脳裡に浮かんだのは、貴方の面差しでした。
その青い影を宿した、髭あとの濃い横顔。
白無垢姿のあのひとは、着物の裾が、水に濡れるのもおかまいなしに、小舟へ乗り込むと、こんどは、あのひとの指の花びらが、あたしを小舟へと誘いました。
あたしとあのひとの、縺れた十指の花びらが、ひとひらとふたひらみひらよひらよしなく、……
そして、あのひとは、捨小舟とともに、水底へと沈んでゆきました。
オフィ−リアのごとき、哀れな、あのひとの最期を見届けながら、あたしは、貴方と始まる、新しい季節の、そのどこか腥いような青葉の香を胸いっぱいに吸い込むのでした。
                                                 かしこ

                                                   畢
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by viola-mania | 2006-05-29 07:09