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山吹鬼(やまぶき)。

 一体、まれ人自身が神を意味しないで、他所から渡つて来る、一種の変つたものであつて、此土地に同情を持つて
 居ればよろしいので、
                                          折口信夫『春来る鬼』

その花の名に冠した色名を持つ、つまり、山吹色した花叢(はなむら)が、漁火(いさりび)のように燃えていると感じたのは、その花を背後にして立っている彼の佇まいによるものだろう。
ふと、私は、この時期に沖合いで見ることのできる、あの白い波濤の道を思い浮かべた。
そして、私の前に立つ、この軍服姿の青年こそが、その白い波濤の道を渡ってやって来た鬼であると、或は、まれび
とであるとの確信を持ったのは、彼が、背嚢(はいのう)のなかからおかっぱ頭の童女の人形を取り出したときだった。
……ズシオウ。
私は、名乗りもしない彼に、そう呼びかけた。
「アンジュ」
と彼は、その童女の人形を、私に手向けながら、名乗りもしない私の名を呼んだ。
否、私に対してではなく、その童女の人形に対して、そう呼びかけたのだった。
「この人形は、私が戦闘機に乗る日の前日に、姉が、私の背嚢に米をいれる代わりに忍ばせたものです。……生憎、私の名はシズオといい、しかし、姉からは、ズシオウと呼ばれていました。姉の名がアンジュだから、そう呼ばれていたのでしょう」
私は、脚絆(ゲートル)をはずしてくつろぐ彼に、
……お帰りなさい。
と囁いた。
「死出への旅が、どう路(みち)を間違えたのか、私は、あの世の門扉を叩き損ねて、恥ずかしくも生還してしまいました。だから、この人形は、姉さんに返します。もしかしたら、私の代わりに姉さんが、……と思うとやり切れません」
私は、触れられ得ぬ弟のからだが、いっそ疎ましかった。
「姉さん、いま、誰かに呼びかけられたような気がして、姉さんの人形のこと、少し話してしまいました」
彼は、庭から手折ってきた山吹を、私の霊前へ手向けながらそういった。

                                                   畢
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by viola-mania | 2006-04-11 14:52