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弟切草。

 春眠の弟の背に背をよせて夜空に鷹を放つ心あり   邦雄

私は、兄に殺されました。
しかし、それは気の遠くなるほど昔のことです。
時は、花山帝の治世。
兄は、鷹飼でした。
鷹を操る兄の技は、まさに神境へはいろうとするもので、これを知った、年若い帝(みかど)からも、その技は絶賛されていました。
しかし、兄が、いくら優れた技の持ち主であるとはいえ、自然界にあるものと心を通わすことは不可能でした。
兄は、自らが馴養する鷹と心を通わせたいと思っていました。
私は、そんな兄の、鷹に対する無謀な思いを嘲(あざけ)ていました。
所詮、鷹は鷹でしかなく、鳶を産むことはおろか、ひとと心を通わせることなど、出来るはずもありません。
あるとき、私は、傷を負った鷹が、兄によって、たちまち癒された、その奇蹟ともいうべき光景を、眼の当たりにし
ました。
“奇蹟”というと大げさに過ぎるかも知れませんが、奇蹟のようなそれには、ある秘密があったのです。
兄は、どこからか秘密の草を摘んでくると、その汁を傷口につけ、鷹の傷を癒していたのでした。
そのことを知らない、他の鷹飼は、兄と鷹の秘密を知ろうと、私にまで、聞き糺(ただ)すのでした。
しかし、禽(とり)族である私に、ひとのことばなど、解せるはずもありません。
私を胸に抱いた兄は、鷹飼たちに引き立てられ、宵闇の立ち罩める、雑木林へと連れて行かれました。
雑木林の下草にまみれた兄のからだを、夕星(ゆうづつ)が、悲しいほど顕(あか)るく照らしています。
冷たくなった兄の背で、私のからだから流れ出した血は、下草を昏(くら)く汚していました。

                                                   畢
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by viola-mania | 2006-01-20 12:57

月暈變。

 神をうしろより擁(いだ)きしめ青春の間一髪の髪の琴線   邦雄

「秦の始皇帝が帝位に就いて、わずか十二年のうちに、その帝国が亡びたわけを、キサマは知っているか」
彼は、私の名を、その姓でさえも呼んだことはなかった。
私と彼の齢(よわい)は、数か月しか違(たが)わなかった。
しかし、彼のことを知らない他の学友たちからは、何回生か、彼の方が先輩に見えているらしく、彼と同室の私は、そんな彼らから、不憫に思われているようだった。
全寮制の学舎での、私と彼の共同生活は、他の学友たちの杞憂とは裏腹に、淡々としたものだった。
ある一つの事柄を除いては、……
「彼が、父、荘襄王のあとを継いで、王となったのは、十二歳のときで、これよりのち、二十一歳を冠して剣を帯びるまで、呂不韋(実父ともいわれている)というものが、代わりに国事を執り行なっていた。しかし、呂不韋は、太后の傀儡であり、そのことに気づいていた王は、先手を打ち、太后の寵愛を受けていた毒を滅ぼした。毒を、太后に近づけたのは、呂不韋であったということを、王は知っていたのだ。
弱冠二十一歳にして、王はその頭角をあらわし、秦王政は、周および六国をその領土に治め、天下を統一した」
暈(かさ)のかかった満月を眺めながら、私は、帝国の果敢ない末路に想いを馳せた。
そして、彼の語りのあとで、
「始皇帝は、性悪論の上に成り立っている韓非の書(韓非子)に毒されていたのだね。つまり、ひとは権力によってのみ支配されるものであって、仁愛によってそれが犯されてはならないということを、信じて疑わなかったのだろう」
と続けた。
昏(くら)い月光(つきかげ)のなかで、彼の綺麗な双眸が曇って見えた。
私は、窓辺に佇む彼の背後へ廻ると、そのからだをきつく抱き締めた。
打たれた膚(はだ)に、彼の愛を滲ませながら。

                                                   畢
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by viola-mania | 2006-01-14 13:41

回帰線。

青年からの連絡がないまま週末を迎えた。
「じゃあ、週末にまた、……時間と場所は、あとで連絡します」
時計の針は、十時を指している。
私は、諦念の溜め息とともに、一冊のノートをひらいた。
わずかに開けた窓から、青葉の擦れる音が、夜気とともに這(は)いり込んできた。
ひらいたノートに映じた影が、鉛筆書きで記された文字の上を揺曳(ようえい)している。
きっと、夜が彷徨(さまよ)っているのだろう。

                         *                          

海へ抜ける道は、一つしかなかった。
青年は、防風林に小暗く蔽(おお)われた、その道を抜けて海へと向かった。
木の間を吹き抜ける海風が、音楽を奏でている。
青年の大腿を締めつけるベルボトム、ジージャンの胸元には、褐色の膚(はだ)が覗いている。
手首に携えた敷布の隙(ひま)から、時折、革バンドのメタルが、照りつける陽を返して耀(かがや)いている。
青年は、砂浜に敷布を広げると、着ているものをすべて脱ぎ、その上に放った。
そして、車座になり、水平線の彼方を見つめるのだった。
そのとき、
波間に漂う泡が、ひとりの青年をかたちづくり、その泡を蹴って、彼は浜へと駆けて来た。
彼は、青年の前に立ちはだかり、青年は、彼の胸元に耀いているメダイヨンに手を伸ばした。
彼は、メダイヨンを弄(もてあそ)ぶ青年を防風林の奥へと誘った。
青年は敷布を携え、彼の足並みに従った。
そして、二青年は互(かたみ)にからだを重ねた。
青年は、彼の手首に革バンドを託し、沖へと駆けて行った。

                         *   

主(あるじ)なき部屋、ノートだけが徒(いたずら)に捲(めく)れていた。

                                                   畢                        
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by viola-mania | 2006-01-09 13:43

冬薔薇。

 愛すとはつひに言はねばくれなゐの薔薇の向かうがはもくれなゐ   剛

十六歳と十七歳のはざまに揺れ動くものは、このかけがえのない齢(よわい)が終焉(おわ)ろうとしている、十七歳と十八歳のはざまに差しかかった時点で、影となり、やがて、記憶となる。
そして、茫々十余年を閲(けみ)したいまとなっては、憧憬となって、時折、蜃気楼のごとく、私と私の影とのはざまに揺れ動いているのだった。
十八歳の春、私は、都内の美術学校に夜間通いながら、その日中、地元にある書店でアルバイトをしていた。
六百円にも満たない時給は、いまどき猫も跨いで通る額だが、本好きの私にとっては、さしたることではなかった。
むしろ、読みたい本を自由に借りられるということと、買いたい本を割引で買えるということの方が、もっけの幸いだったというべきだろう。
職権を利用した私の読書は、それを読み捨てておくだけに止まらず、いつしか、その佇(たたずま)いにも関心を持つようになっていった。
私は、はじめて得た給与で、
「中井英夫作品集 II 幻視」
を買った。
四千八百円という定価は、田舎の高校を出たばかりの私には、法外であったが、それでも、その美麗な佇いと香り高い文章には、それ以上の価値があると思われた。
それから、しばらく、「中井英夫作品集」は、私の枕頭に置かれた。
                          
                         *                          

臘月最後の朝、玄関先の蔓薔薇で掌を傷つけた私は、ふと、リルケの不吉な挿話を思い浮かべた。
見る影もなく立ち枯れた蔓薔薇は、冬ざれの庭に意地悪く棘(とげ)を伸ばしているばかり。
ふと、初夏(はつなつ)の情景が、強い影を落とした茨(いばら)の隙(ひま)から揺れ動くのを感じた。
しかし、それは「薔薇が、薔薇であることの哀しさ」に溢れた、自らへの憧憬でもあった。

                                                   畢


*「薔薇が、薔薇であることの哀しさ」は、『中井英夫作品集 II 幻視』、「薔薇が、薔薇で……」より引用したことを附記します。                          
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by viola-mania | 2006-01-03 13:04

新しいカレンダー。

暮から用意していた、新しいカレンダーを一枚破く。
新しい朝の始まりです。。。
ことしも、よろしくお願いします。
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by viola-mania | 2006-01-01 13:08