草踏。

冬なら湯呑みにいれた茶の立てる湯気の音、夏ならグラスに山と盛った氷が、その茶に解けて傾(かし)ぐ音。
日曜から月曜へと曜日が変わる刻限は、また、その一週間の終わりと始まりの境界であり、いわば、死が生へと息をふき返す刻限でもあるのでしょう。
なるほど、そんな微かな音が、吐息と聞こえてくるのも無理はありません。
“微かな音”といえば、この刻限に始まるアニメ『蟲師』を、そのブラウン管に映し出しているテレビの下から、聞こえてくるそれも、どこか、“吐息”のように聞こえないことはなく、、、
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とはいえ、これも、夜の静寂(しじま)が与える迷妄であり、この古い家屋に特有の家鳴りというものなのでしょう。
死んだ家屋なら、音を立てることもありませんから。
そういう類いの音。
ところで、三年前の秋から翌年の春まで、地上波にて放映された『蟲師』を、ようやくいまになって衛星波でみていたのもつかの間、その二十六話「草を踏む音」をもって、きのう(きょう)最終回となりました。
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折しも季節は梅雨。
その雨が山中に霧をもたらすなか、山越えをする複数の人影が、この山の持ち主である家の嫡子、沢(たく)には気がかりでした。
でも、その霧の向こうからこちらを見ている、沢(たく)と同じ少年の影のほうに、より興味を示していたこともいなめません。
少年の名は、イサザといいました。
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ところで、この山にある滝の水は神聖とされています。
だから、滝の水を、イサザを含めた余所ものに手出しされることを懸念していた沢(たく)は、でも、そのことを話した父親に、彼らのことを「渡り鳥と同じと思えばいい」といわれ、その気がかりも緩和してゆくのでした。
そんな折り、滝壷で釣りをしていた沢(たく)の前にイサザがあらわれ、「ここのヌシの子供」であるという沢(たく)に、イサザは、ワタリであるとの素姓を明かすと、この滝壷から採った魚を水のなかに戻すのでした。
「ヌシの子供のくせに、釣りが下手なんて」との皮肉をいいおいて、、、
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「嘘つきめ」
と草を結んでつくったイサザの罠(わな)とことばに躓(つまず)く沢(たく)。
イサザは、ほんとうの“ヌシ”がこの滝壷に棲(す)む、背に草の生えたおおきなナマズであるということを知り、たんに地主の子供であるとの沢(たく)のそれは、だから、ふたりの少年の認識に相違を与えたのです。
イサザの認識する“ヌシ”が、光脈筋のものであると知った沢(たく)は、イサザたちと同じように、この山が、常人には見えない色に染まることを知っていました。
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「こんどはそっちのこと、教えろよな」
とのイサザのそれに、
「髪が白くて目が緑で隻眼」
の少年を見たという、イサザの聞きたがっていた「普通の話」で応える沢(たく)。
つまり、その少年こそが、幼き頃のギンコというわけです。
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男(=沢<たく>)の回想録で始まる最終話は、だから、それに相応しい物語を期待していたこちらに、肩透かしを喰らわせた感がいなめません。
とはいえ、少年ギンコの立ち位置は、物語の終盤になってようやく登場した、現ギンコのそれと相俟って、この『蟲師』という物語が、何かと何かを繋ぐ線、いわば、その絆(きずな)の上に描かれていたことの証左であり、この最終話の結末になってそれと“気づかされる”ことでもあるのです。
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「イサザのことは覚えているか?」
と訊ねる沢(たく)。
「あいつなら、いまも馴染みだぜ。ここのことも、あいつに聞いてきたんだよ、そろそろ薬の必要な時期だろう、ってな」
と応えるギンコは、光脈の移動により衰退した山の惨状から、ひとに危害を及ぼす「蟲」だけがこの土地に残っているということを、イサザから聞いていました。
とはいえ、沢(たく)のことまでは、覚えていません。
そんなギンコに、
「これでいい」
と穏やかに微笑む沢(たく)。
まったくそのとおりでしょう。
なぜなら、友情とは、こころを使ってことばを用いまいとすることだし、相手がいかなる点で自分を選び、自分を好んでくれたかが、その両者のどちらにもけしてわからないことなのですから。
つまり、感情そのものよりも、つねに控え目にとどまっていることこそが、ともだち同士の愛情における、崇高な優雅さの一つなのです。
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「あいつも山も、ずいぶん様変わりしたもんだな。なぁ、元ヌシ殿よ」
とかつての滝壷に、“おおきなナマズ”を見て、独りごつギンコ。
グラスのなかの氷もすっかり解け、音を立てる何ものもなくなった夜半過ぎ、このアニメ『蟲師』を、そのブラウン管に映し出しているテレビの下から、聞こえてくるそれは、或いは、「蟲」の“吐息”なのかもしれません。
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*画像、「草を踏む音」&おまけ。
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by viola-mania | 2009-07-12 14:24 | 雑感


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