振り返って思ってみるに、夏、それも、陽盛りのもとでさえ、長袖シャツに同色の黒いスラックスをはいて、町なかを闊歩していられた、青年の頃の神経が、いまとなっては、信じ難い。
黒は、ひとを美しく見せる。 といった、根拠のないことばだけが、奇態ともいえる、こんな美意識を支えていたのだろう。 つまり、学生時代から、二十歳を少し過ぎるまでの間、黒以外の服を着ることの厳禁を、自らにかせていたというわけだ。 人間性の擁護が知性の排撃になつたといふことは現代のパラドクスである。 久しぶりにひらいた、三木清の『哲学ノート』のなかに、こんな、わかりやすい一文を見つけた。 つまり、人間が動物から区別される特徴は知性であるわけだが、その知性を排斥することによって人間性を擁護しようというもの。 知性は人間の本性に属するよりも、むしろ、これを破壊するもののように見られているからだ。 ところで、黒をその服装に選ばなくなって久しいこの頃。 きのうなども、あまりの暑さに、日中は、上半身ハダカで過ごし、就寝時にいたっては、これまた、あまりの熱帯夜に、スッパダカで一夜を過ごしてしまったというテイタラク。 もうこうなると、エデンの園を追放される以前の話である; とはいえ、知性的(美意識の保持において)だった青年の頃には、思いも寄らないこんな恰好(ナリ)は、でも、「自然」として主張される、本能であり、衝動であり、すべてパトス的なものであるといえるだろう。 などと、ひらき直ったところで、 「知性もまた、人間の<自然>ではないだろうか。その知性を<自然>の反逆児と見るよりも、むしろ本能でさえもが、ある知的なもの、すなわち、<自然のイデー>と見られるべきであり、このように見ることが、ヒューマニズムの精神に合致するのではないだろうか!!」 という、青年の叱咤の声が、どこからか聞こえてきそうな、夏の朝でR *画像、反転させたら黒ユリだった、、、知性もまた。
by viola-mania
| 2007-08-19 11:06
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いい匂いのするペエジ
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