腹の底から、激しい怒りが湧いた。先生の裏切りを軽蔑した。つゆほども疑ったこと
のない者を、こうした形で絶望にたたき込んだ先生を憎んだ。私は、とっさに山を下 ろうと決心した。一刻もこの場にいることは耐えられない。私は立ち上ると、部屋の 隅に重ねて置いた服を素早く身につけた……。 加藤守雄『わが師 折口信夫』より 民族学者、折口信夫(おりくちしのぶ)の四人目の弟子、加藤守雄が、その愛息、藤井春洋(ふじいはるみ)と入れ替わるかたちで、折口の家に住まわるようになってから、二ヶ月ののち、上記に引いた結末によって、加藤は、折口の家を去ったのでした。 とはいえ、折口にしてみれば、十年来、自分を慕い続けてくれた弟子の、こんな返答など、思いも寄らないことでした。 折口は、 「師弟というものは、そこまでゆかないと、完全ではないのだ。単に師匠の学説をうけつぐと言うのでは、功利的なことになってしまう」 と加藤に、長い師弟のあいだの、独自な愛と苦しみの生活のなかから生まれたことばを吐露するも、折口のいう、師と弟子の関係を実際、行動に移されてみると、上記に引いた結末になるのも、否めないことです。 ところで、このたび、個人誌『薔薇窗』15号に寄せた、拙作「倭をぐな」のなかの一篇、「守雄」では、師を恋いうる弟子としての加藤を描き、彼らの関係を捏造してみました。 というのも、上記に引いた結末によって、彼らの関係が断たれてしまうよりも、師を恋いうる弟子の片思いとして、加藤の感情を描いた方が、折口のいう「感哀(かんない)」、つまり、悲しみのこころを、よりあらわせると思ったからです。 とはいえ、こんな楽屋話をするのも、きのう、古書店の店先で、偶然手にした、加藤守雄『わが師 折口信夫』(文庫版)のなかに、加藤の姪、土井町子さんによる手紙(加藤への弔意の礼と三回忌の報せ)が挟まれていたことに、ある霊感のようなものを感じたからです。 つまり、“彼らの関係を捏造し”たことに、罪悪感を覚えたからかも知れません。 わが暮し楽しくなりぬ隣の部屋に守雄帰りて衣(きぬ)ぬぐ音す 信夫
by viola-mania
| 2007-04-01 07:20
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いい匂いのするペエジ
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