トムは重いガラスの灰皿をとりあげた。大きすぎて指がかからないので、彼はふちを
つかんだ。彼はさらに二秒間考えようとした——うまく切りぬける手段はほかにない だろうか? 死体をどう始末したらいいだろうか? 考えきれなかった、これしか手段は ない。彼は左手でドアを開いた。灰皿を持った右手を振りあげて、振りおろす—— パトリシア・ハイスミスが、小説『リプリー』のなかで、主人公、トム・リプリーの秘密を暴かれまいと、彼に使わせた兇器は、ガラスの灰皿でした。 そして、先頃、巷を震撼させた、「切断遺体事件」の容疑者である妻が、夫を殺害するのに使った兇器も、“ガラス”の瓶(正確には、ワインボトル)でした。 ところで、杉江重誠『随筆 びいどろ』のなかに、「ガラスは割れないもの」とする、ガラスに対する概念を覆す? ような発言があって、少し驚きました。 でも、上記に引いた二つの事例(一つは小説ですが)を鑑みてみるに、その兇器は、いずれも“ガラス”であり、「ガラスは割れ易いもの」と考えていた、こちらの概念は、まさに、“ガラス”が割れるように砕け散ったのでした。 然しガラスを製品として一旦実用に供した以上は、「割れ易い」のは最早ガラス自身 のせいでもなく、又ガラスの欠点でもない。それは全くガラスを使用する人々の責任 である、、、 と杉江は、その生業である、ガラス製造者の見地から、ガラスの特質を弁護しています。 そして、割れぬようにつくられた“ガラス”は、それを“使用する人々の責任で”兇器にもなり得たのです。 ガラスも愛すれば毀(こわ)れず、愛せざれば割れるものである、、、 ガラスのこころ、或いは、ガラスの仮面、、、それらの裏側に隠された秘密は、怒号とも悲鳴ともつかぬ音を立てて砕け散り、兇器となった“ガラス”は、割れることもなく、自らを空しくして、ただ、事件の惨状のみを語るのでした。
by viola-mania
| 2007-02-18 15:56
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いい匂いのするペエジ
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