讃歌。

画家、甲秀樹さんにとってはじめてとなる個展の開催は、七年前の春のことでした。
その二年後、同ギャラリーで開催された、稲垣征次さんとの二人展において、ようやく、甲秀樹なる画家の存在を識(し)るにいたりました。
その二人展「少年讃歌」の会場で観た、或いは、購った一枚の作品との出逢いが、それ以前の二年間とそれ以降の五年間、つまり、七年間に渡る、甲さんとの交友を築くきっかけともなったのです。
おそらくは、挿画家、林月光描く、「青年画」の系図の裔(すえ)に位置するのが、甲さん描く「青年(少年)画」ではないかと推察しているのですが、或いは、亡き林月光への吝惜の思いが、甲さんをして、その担い手であるといわしめる所以であるのかもしれません。
“亡き林月光への吝惜の思い”というのは、畏れ多くも、林さんの手になる青年像を、己が作品のうちに具現化してみたかったというもので、しかしながら、林さんが、いわゆるホモ雑誌に挿画を描いていた時期、はたまた、その黄金期をいまになって回顧するといった現況にあっては、やはり、叶わぬ夢、夢のまた夢でしかないのです。


 成年戒は、赤子から子どもになる時と、子どもから若者になる時と、二度行はれる。
 子どもから若者になる時には、氏神が対照で、其神の助けで人間になり、同時に其神
 に事へるのである。

                           折口信夫「年中行事」より


成年戒を受ける少年が、その神事のときに着用したのが褌で、彼らは、それを締めて若衆宿へ行き、成年戒を受けるまでの間、女人禁制となっているその宿で、禁欲生活を送らなければならなかったのです。
そして、固く結んだ褌は、けして解いてはならないという、それは、一つの信仰でもありました。
そんな、「物忌み」の目で、甲さん描く「青年(少年)画」を観たとき、神になることはおろか、その一群、ひいては村から排斥された少年の哀れが、そこにありました。
でも、その褌は、少年自らが禁を破ろうとして解いたものではなく、解かざるを得ない事情のもとに、解かれたふしが窺えます。
神になろうとする少年の失墜と敗北、、、
“神”とは大仰なことばですが、つまり、それは、大人になるということの謂いでもあるのです。
しかしながら、甲さん描く「青年(少年)画」には、禁を破ることで、新たに得られた、少年の喜悦が、その夢見る横顔に浮び、禁断への夢、夢のまた夢ではないことを、つまり、それが、“亡き林月光への吝惜の思い”を晴す、よすがとなっていたことを教えてくれたのです。


 蜑をのこのふるまひ見れば さびしさよ。脛(ハギ)長々と 砂のうへに居り   
                               
                                     迢空
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by viola-mania | 2007-02-11 09:53


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