人気ブログランキング | 話題のタグを見る

蠕動。

パジャマにカーディガンを羽織り、“羽織り”というからには、むろん、袖は通さず、カーディガンの一番上のボタンだけを止め、そう、マントかなにかのように、“カーディガンを羽織”ると、のべておいた布団にそのまま潜り込みます。
はい、両腕の自由を、マントかなにかのように羽織ったカーディガンに拘束されながら、、、

 
 いとも奇怪な、畸形な肉ゴマであった。それは、ある場合には、手足の名残の四つの
 肉のかたまりを(それらの尖端には、ちょうど手提袋のように、四方から表皮が引き締
 められて、深い皺を作り、その中心にぽっつりと、無気味な小さい窪みができている
 のだが)その肉の突起物を、まるで芋虫の足のように、異様に震わせて、臀部を中心に
 して、頭と肩とで、ほんとうにコマと同じに、畳の上をクルクルと廻るのであったか
 ら。


幼い頃から、奇怪な書物を読む場所は、頭からスッポリ被った布団のなかと相場が決まっていました。
そんなわけで、カーディガンと布団の二重の戒め? を受け、寝しなに読んだ、江戸川乱歩「芋虫」より、戦争で、罹災者となった須永中尉が、妻、時子によって、その醜怪な姿と様子を、“まるで芋虫”のようだと、形容される箇所を引いてみました。
ところで、ピンク映画監督の佐藤寿保さんは、おととしの冬に公開された、『乱歩地獄』という、乱歩の四つの短篇を、オムニバス形式で撮った映画のうち、この「芋虫」の監督を勤めています。


 「芋虫」 監督:佐藤寿保

 明智小五郎(浅野忠信)と小林少年(韓英惠)のもとに、切断された手足のホルマリン
 漬けが映し出された不気味なフィルムが送られてくる——とある廃墟のような屋敷の
 一室。戦争で両手両足を失った須永中尉(大森南朋)とその妻、時子(岡田夕紀子)
 がひっそりと暮している。時子は視覚と触覚しか機能していない「芋虫」のような夫
 を献身的に介護する一方で残虐な欲望を抑えきれず、異常な性向に溺れていた。そん
 な彼らを、時子の亡き伯父の書生・平井太郎(松田龍平)が屋根裏から観察していた
 が、、、


とこんな具合です。
一方、書物の方の「芋虫」のなかに、


 なんといういまわしさ、醜さであろう。だが、そのいまわしさ、醜さが、どんなほか
 の対象よりも、麻薬のように彼女の情欲をそそり、彼女の神経をしびれさせる力を
 もっていようとは、三十年の半生を通じて、彼女のかつて想像だもしなかったところ
 である。


という描写があって、“醜怪な”夫の姿に、リビドーを感じる妻の「変態性欲」への目覚めが書かれています。
ところで、「芋虫」が起稿されたのは、いまから、80年以上も前のこと、発表された当時の評判は、「猥書」であるとのそしりを受けながらも、好評であったらしく、また、「反戦小説としてなかなか効果的である」との激励も受けたと、「解説」にはあります。
でも、当の乱歩は、「そういうレジスタンスやイディオロギーのために書いたものではな」く、「極端な苦痛と快楽と惨劇を描こうとした小説」であるといっています。
短篇にしては少し短い、けれども、濃密な感覚世界は、“カーディガンと布団の二重の戒め”のなかで、不具者なるがゆえに、病的で烈しい肉体上の欲望を募らせつつ、やがて、深い眠りの奈落へ貶(おとし)めてゆくのでした。

*画像、映画『乱歩地獄』、「芋虫」より、平井太郎(乱歩)役の松田龍平。
蠕動。_d0004250_7544493.jpg

by viola-mania | 2007-01-14 08:05


<< 黒曜。 頌春。 >>